大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(ネ)587号 判決

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

日本ケミファ株式会社

右代表者代表取締役

中村治文

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

山口明

右控訴人両名訴訟代理人弁護士

叶和夫

松枝迪夫

長谷川俊明

畠山正誠

右控訴人日本ケミファ株式会社訴訟代理人弁護士

舘野完

右控訴人山口明訴訟代理人弁護士

杉山克彦

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

日本ワイス株式会社

右代表者代表取締役

関亨

右訴訟代理人弁護士

早崎卓三

穂積忠夫

伊集院功

主文

一  本件控訴に基づき、原判決の主文第一項中控訴人日本ケミファ株式会社に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人日本ケミファ株式会社は、被控訴人に対し、四億九一一五万三〇八五円及びこれに対する昭和五九年七月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人の控訴人日本ケミファ株式会社に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人日本ケミファ株式会社のその余の控訴を棄却する。

三  原判決中控訴人山口明の敗訴部分を取り消す。

被控訴人の控訴人山口明に対する請求を棄却する。

四  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人日本ケミファ株式会社と被控訴人との間においては、これを一〇分し、その七を控訴人日本ケミファ株式会社の、その三を被控訴人の負担とし、控訴人山口明と被控訴人との間においては、被控訴人の負担とする。

六  この判決は、被控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

3  被控訴人は、控訴人日本ケミファ株式会社に対し、六億八六一九万七六〇一円及びこれに対する昭和六一年八月七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  原判決の主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人らは、被控訴人に対し、各自八億九七二三万五二四四円及びこれに対する昭和五九年七月一四日から支払ずみまで控訴人日本ケミファ株式会社は年六分、控訴人山口明は年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

4  仮執行の宣言

第二  当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張は、次の一及び二に記載するほか、原判決の事実摘示のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

一  原判決の事実摘示の訂正

1  原判決七枚目表三行目の「余儀なくなされ」を「余儀なくされた」に改める。

2  原判決一三枚目表九行目の「四日」を「七日」に改める。

3  原判決二四枚目裏一二行目の「八一五五万円」を「八一五六万円」に改める。

4  原判決二六枚目裏三行目の「被告会社は」から同五行目の「ものである。」までを削る。

5  原判決二九枚目裏一一行目から同三〇枚目裏九行目までの「2」の項を次のとおり改める。

「本件贈与契約は、当事者間で契約締結の意思を欠き、かつ、その担当者に契約締結の権限がなかった点において無効であり、また、以下のとおり公序良俗にも違反して無効である。

被控訴人は、控訴人会社がデータをねつ造したことについて悪意であったばかりでなく、控訴人会社の協力援助を受けて被控訴人自身もデータねつ造を行う等共同開発に関し不当不正の目的、意図のもとに資料提供の合意をしたものである。少なくとも、被控訴人の薬事法上要求される検査能力の欠如を控訴人会社の検査で補い、同時に製造承認の申請をする目的で、非合法な協力援助を受けることも暗黙に承認する合意であったと解すべきである。したがって、本件贈与契約の内容は、公序良俗に反して無効である。」

6  原判決三〇枚目裏一〇行目から同三一枚目表一行目までの「3」の項を次のとおり改める。

「仮に、控訴人会社の被控訴人に対する資料提供が共同開発契約に基づくものであるとしても、前項と同様の理由により、右共同開発契約は無効である。」

7  原判決三一枚目裏一二行目から同三二枚目表四行目までの「2」の項を「反訴請求原因2は争う。」に改める。

8  原判決三二枚目表五行目から同八行目までの「3」の項を「反訴請求原因3は争う。」に改める。

二  当審において付加又は敷衍した主張の概要

(控訴人ら)

1 共同開発の合意の不成立又は無効

(一) 共同開発の合意は、成立していない。

控訴人会社は、LPBイスチチュート・ファルマソウチコS・P・A(LPB)の独占的代理人バイエクス・ソラリス・A・G(Biex)との間で、控訴人会社が日本においてフエンチアザク製剤の製造、販売をするためフエンチアザクを使用する権利の付与を受ける旨の本件サブライセンス契約を締結し、右契約に基づき、Biexに対し、フエンチアザクに関する開発資料等の提供義務及びロイヤルティーの支払義務を負担することになった。しかるところ、Biexの指示により、右開発資料を直接被控訴人に交付することになったので、その資料交付の手順等に関する話合いを被控訴人と行っただけであり、被控訴人との間で法的拘束力を生じるような何らかの契約を締結したものではない。

控訴人会社と被控訴人との間の共同開発なるものに関しては、通常ならば作成されるはずの契約書の作成はないし、控訴人会社が負担する資料提供義務と対価関係に立つ被控訴人の債務は何も存在しないのであって、これらの事実からみても、控訴人会社と被控訴人との間に本件共同開発の契約がなかったことは明らかである。

なお、控訴人会社とBiexがサブライセンス契約を締結後、LPBイスチチュート・フアルマソウチコS・P・A(LPB)は、ジョン・ワイス・アンド・ブラザー・リミテッド(JWB)との間で、LPBに日本におけるフエンチアザクの実施権を認める旨の本件ライセンス契約の追加契約を締結し、その中で、LPBがJWBに対し被控訴人が日本で資料を利用できるように協力、援助することを保証しているが、控訴人会社は、右追加契約の内容を知らず、本件サブライセンス契約の条項に従い、Biexに対して負担する義務の履行として資料を被控訴人に直接提供したものであり、本件サブライセンス契約の内容が変更され、控訴人に対し直接資料提供義務を負担したものではない。

(二) 仮に、昭和五二年三月一一日の会合において控訴人会社と被控訴人の担当者との間に資料の提供等に関する協力援助の合意とみられる外形的事実が存在したとしても、右会合に出席した担当者には契約締結の意思も権限もなかったし、少なくとも、控訴人会社の担当者に契約締結の意思及び権限のないことは、被控訴人側においても十分知り得たところである。

(三) 贈与契約の主張

控訴人会社と被控訴人との間に資料の提供援助に関する何らかの合意が成立したとすれば、その合意は、控訴人会社が被控訴人に対し一方的に無償で資料を提供する旨の贈与契約である。したがって、右契約に基づいて被控訴人に提供した資料については、いわゆる瑕疵担保責任を負わない(民法五五一条)。

(四) 公序良俗違反による無効

控訴人会社と被控訴人との間に被控訴人主張のような共同開発契約の締結があったとしても、右契約は、当初から、被控訴人が薬事法上自ら実施すべき試験を施行する設備、能力を欠くため、控訴人会社にこれを行わせ、控訴人会社の製剤を被控訴人製造の薬剤であるとして臨床試験を行う等薬事法上許されない詐術を用い、控訴人会社も全面的にこれに協力するという暗黙の意思の連絡のもとに締結されたものである。そして、実際にも、被控訴人は、原末及び製剤の規格試験、安定性試験、生物学的同等性試験及び臨床試験の資料作成にあたり、試験を実施せず、又は控訴人会社の試験結果をそのまま流用し、自社製剤でない薬剤により臨床試験を行う等の不正を行った。更に、被控訴人は、控訴人会社がデータをねつ造したのを知りながら、被控訴人自身がねつ造したデータとともに、製造承認申請の添付資料として厚生省に提出し、その後の厚生省審査課のヒヤリングや審査の過程でも、右不法な製造承認申請資料を維持し補充しつつ、控訴人会社と協力して承認を取りつけるための共同行為を行った。

右のとおり、本件共同開発の合意は、控訴人会社と被控訴人が製造承認の申請を同時にする目的のもとに合法、非合法の協力援助を両者で行うことを暗黙に承認するもので公序良俗に違反し無効である。

仮に、本件の共同開発の合意が、その成立時には非合法な協力関係を想定していなかったとしても、その合意を具体的に実現する段階において、両当事者の合意による違法行為が積み重ねられ、控訴人会社のねつ造データを被控訴人もそれと知りながら製造承認申請の資料として使用するに至ったのであるから、本件共同開発の合意は、合意成立後の実行段階に至って違法性を帯び、公序良俗違反としてその効力を否定されるべきものとなった。

2 第三者のためにする契約の不成立

控訴人会社とBiexとの間の本件サブライセンス契約においては、控訴人会社がBiexに対してフエンチアザクの開発資料等を提供する義務が定められているが、控訴人会社が第三者である被控訴人に対し何らかの義務を負担する旨の約定は存在しない。Biexは、控訴人会社から提供された資料等をLPB、JWB等に提供する権利を有し、したがってJWBから被控訴人に対し右資料等が伝達されることがあり得るとしても、それは控訴人会社とBiexとの間において控訴人会社がBiexに対し守秘義務を解除した結果生じる事実上の事態であり、控訴人会社が被控訴人に対して資料提供義務を負担した結果ではない。

したがって、本件サブライセンス契約は、被控訴人を受益者とする第三者のためにする契約ではない。

3 被控訴人の損害について

(一) 被控訴人と日本商事株式会社との間のドノレストの売買契約は、公序良俗違反により無効であるから、右売買契約が有効であることを前提とする損害は生じない。

すなわち、被控訴人は、後記5で詳述するとおり、ねつ造した資料によってドノレストの製造、販売の承認を受けたものであり、薬事法一四条の正規の手続を経ていない同法違反の医薬品を売買する契約は、民法九〇条に違反し無効である。

(二) ドノレストの推定売上高について

被控訴人は、ドノレストの第一年目の販売高を基礎として製造停止期間中の売上高を計算しているが、第一年目の販売高には製剤見本である四錠包装のドノレストと臨床試用医薬品である一〇〇錠包装のドノレストが含まれている。右の見本品や試用品は、新薬の販売に当たり日本商事から医療機関へ無料で頒布されるもので、継続的な需要が見込まれるものではない。

したがって、第一年目の販売高のうち、右見本品及び試用品の売上高合計八七四〇万七九〇〇円を差し引いて、製造停止期間中の売上高を認定すべきである。

(三) 開発援助費及び販売促進援助費について

被控訴人は、ドノレストの販売に関し、販売価格とは別個に日本商事から出荷量に応じ開発援助費及び販売促進援助費の支払を受ける旨の取決めがあったとして、その返金額及び販売停止に伴う得べかりし収入の喪失を損害として請求している。

しかし、医薬品の業界において、メーカーと卸売業者との間に販売出荷量に応じてメーカーから卸売業者に対してリベートを支払う慣行はあるが、逆に卸売業者からメーカーに報奨的あるいは援助費的な金銭を支払う慣行はないから、被控訴人主張の開発援助費及び販売促進援助費相当の損害は特別損害に当たり、控訴人会社に予見可能性はない。

また、予定された商品の販売が不能となったときの損害は、その取引の販売価格を基準として算定するのが通常であるところ、被控訴人主張の開発援助費及び販売促進援助費はドノレストの仕切り価格そのものではないから、これを仕切り価格に上乗せして損害賠償を求めることはできない。

4 危険の引受け―控訴人会社のデータねつ造についての被控訴人側の悪意又は過失について

被控訴人は、以下のとおり、控訴人会社によるデータねつ造を知っていたか、少なくともこれを知らなかったことにつき過失があったものであり、右データねつ造によって発生する損害を回避することが可能であったのにこれをしなかったものといえるから、危険の引受けあるいは危険への接近の法理により、被控訴人の損害賠償請求は棄却されるか少なくとも過失相殺されるべきである。

(一) 控訴人会社から被控訴人に対するデータねつ造の告知

控訴人会社の曽根原開発部長は、昭和五五年二月ころ、頸肩腕症候群についてインアクティブプラセボによる二重盲検試験を行った旨のデータをねつ造することにし、被控訴人の矢後開発部長に対し、事前にその旨を打ち明けて知らせた。

(二) ヒヤリング及びこれに備えるための資料の点検

控訴人会社と被控訴人とは、昭和五五年五月、製造承認を申請し、同年七月、厚生省薬務局審査課の担当者によりヒヤリングを受けた。控訴人会社と被控訴人とは、ヒヤリングに備えて事前に試験成績等を丹念に比較検討し、両者間に食い違いのないように万全の準備を整えた。そして、ヒヤリング当日は、頸肩腕症候群を主要効能とするインアクティブプラセボによる二重盲検試験についても控訴人会社から説明をした。

したがって、このヒヤリングの段階において、頸肩腕症候群について二重盲検試験が行われた旨のデータねつ造がされていることを知っていたはずである。

(三) ドノレストの販売促進用パンフレット作成時の資料点検

被控訴人は、昭和五六年八月以降、病院、医師向けに新薬に関する効能、臨床試験の成績、それに関する文献等の情報を提供するパンフレットを作成するため、製造承認申請の資料の詳細な検討を行っている。その際、資料上、頸肩腕症候群の二重盲検試験が昭和五四年一月から同年四月までの間に実施されたと記載されていることを知り、右時期に頸肩腕症候群について二重盲検試験を行うことはあり得ないことに気付いたはずである。

(四) ドノレストの販売促進用パンフレットの記載

被控訴人は、頸肩腕症候群につきインアクティブプラセボによる二重盲検試験を行ったものとして製造承認を申請し、主要効能として承認を得ているにもかかわらず、ドノレストの販売促進用パンフレットでは二重盲検試験が行われたとはせず、一般臨床試験のみによって有効性が確認されたかのようにしている。インアクティブプラセボによる二重盲検試験の成績は、一般臨床試験の成績より客観的、信用性が高く、医師に対して説得力があり、営業上重要な資料になるにもかかわらず、これを販売促進用パンフレットに記載しなかったのは、二重盲検試験により有効性が確認されたとするとその根拠となる文献をあげなければならず、データのねつ造が露呈し易く具合が悪くなることを被控訴人が知っていたからである。

5 クリーンハンドの原則―被控訴人のデータねつ造について

本件製剤の製造承認申請に当っては、被控訴人側にも以下のとおりデータねつ造等の違法行為があったから、被控訴人の損害賠償請求は、民法九〇条、七〇八条の趣旨に照らし、棄却ないし減額されるべきものである。

(一) 規格試験と安定性試験の先後の誤り

規格試験は安定性試験開始の前提条件であり、規格試験の終了後でなければ安定性試験を開始できない。

ところが、被控訴人は、規格試験完了前に安定性試験を開始する誤りを犯している。

(二) 原末の規格試験及び安定性試験のデータねつ造

(1) 原末の規格試験について

被控訴人は、原末の規格試験を昭和五三年二月ころから同年五月ころまでの間に実施したとしている。

しかし、被控訴人の原末の規格及び試験方法は、昭和五四年五月三〇日の会議において控訴人会社が教示したものと全く同一であり、被控訴人は、右教示をそのまま採用したので、規格試験は行っていない。右試験の担当者とされている被控訴人の社員のうち、大野一雄は昭和五三年四月に被控訴人に入社し、篠塚幸雄は昭和五四年四月に被控訴人に入社しているから、規格試験を担当できた可能性はわずかに大野が試験終了まぎわの一か月間だけである。この点からも、被控訴人の原末の規格試験のデータ内容は虚偽であり、被控訴人が規格試験を実施していないことは明らかである。

(2) 原末の安定性試験について

被控訴人は、原末の安定性試験を昭和五二年七月から昭和五五年三月まで実施したとしている。

しかし、昭和五三年一月三〇日の会議において、控訴人会社が被控訴人に対して原末の安定性試験の保存条件を説明し、また、昭和五四年五月三〇日に原末の安定性試験の試験項目の変更を打ち合わせている。安定性試験の試験項目を決定する前に原末の安定性試験を開始することは不可能であるから、被控訴人の原末の安定性試験のデータは控訴人会社の説明を採用したものにすぎず、虚偽である。被控訴人が、原末の安定性試験の試験場所としている被控訴人の戸田工場が建築されたのは昭和五三年七月七日であり、昭和五二年七月から戸田工場で原末の安定性試験を実施することはできない。この点においても、被控訴人の原末の安定性試験のデータ内容は虚偽であり、被控訴人は、安定性試験を実施していない。

(三) 製剤の規格試験及び安定性試験のデータねつ造

被控訴人は、ドノレスト五〇mg錠を昭和五二年一月に最初の三ロット製造し、ドノレスト一〇〇mg錠を同年二月に最初の三ロット製造し、製剤の規格試験を昭和五三年二月ころから同年五月ころまで、製剤の安定性試験を昭和五二年七月から昭和五五年三月まで実施したと申請している。

しかし、以下の各点からみて、被控訴人がドノレスト錠を一応製造できるようになったのは昭和五三年一〇月末ごろであると認められるから、それ以前に製剤の規格試験及び安定性試験を行うことは不可能であり、被控訴人の右各試験のデータの内容は虚偽である。

(1) ドノレストの成分及び分量又は本質(以上を「処方」という。)は、控訴人会社のノルベダンのそれと同一であるが、被控訴人と控訴人会社とが製剤について協議したのは昭和五三年一月三〇日のことである。それより一年も前にノルベダンと同じ処方のドノレスト錠が製造できるはずがない。

(2) ドノレスト五〇mg錠の製造のためには直径七ミリの杵と臼が必要であり、ドノレスト一〇〇mg錠の製造のためには直径八ミリの杵と臼が必要であるが、被控訴人が直径七ミリの杵と直径八ミリの杵及び臼を株式会社畑鉄工所から購入したのは昭和五三年一〇月末のことである。

(3) 昭和五二年一月当時、被控訴人は、ドノレストのフィルムコーティングに必要な機械を有せず、手作業によりフィルムコーティングができる熟練した技術者もいなかった。

(4) 被控訴人は、昭和五二年八月の段階において、ドノレスト錠を糖衣錠にする計画を有し、フィルムコーティング錠にする計画はなかったから、それ以前にフィルムコーティングしたドノレスト錠を製造して規格及び安定性試験を始めることはあり得ない。

(5) 被控訴人が申請したドノレスト錠は、黄色のフィルムコーティング錠である。しかし、被控訴人は、昭和五三年六月の時点ではまだ白色のフィルムコーティング錠の製造を計画していた。

(6) 製剤の規格試験を担当したとされる篠塚が被控訴人に入社したのは昭和五四年四月のことである。

(四) 生物学的同等性試験のデータねつ造

控訴人会社は、昭和五四年一〇月中旬、被控訴人の依頼を受け、その研究所で控訴人会社のノルベダンと被控訴人の試作段階のフィルムコーティング錠を使い、生物学的同等性試験の予備実験を行ったが、被控訴人の製剤の規格がノルベダンと同一でないため、同等性の結果が得られなかった。被控訴人から規格にかなった製剤の提供がなく、製造承認の申請の時期も迫ったので、控訴人会社は、被控訴人の依頼でドノレストに関するデータをねつ造して生物学的同等性試験の結果を作成した。

(五) 臨床試験のデータねつ造

被控訴人は、昭和五三年末ないし昭和五四年五月ころの間に、ドノレストの臨床用のサンプルをまだ作ることができなかったので、控訴人会社から三回に分けて合計五万錠のノルベダンの臨床用サンプルを受け取り、右サンプルを使用して、ほぼ昭和五四年三月から同年一二月までの間に臨床試験を完了させた。

したがって、被控訴人は、ドノレストによる臨床試験を行っていない。

(六) 国立衛生試験所へ提出した製剤の偽造

被控訴人は、製造承認申請後の昭和五五年七月二二日、厚生省から国立衛生試験所で追試(医薬品特別審査)をするための原末及び製剤のサンプルを提出するよう求められたが、当時ドノレストの製造に必須のフィルムコーティング作業がまだできなかったため、控訴人会社の茨城工場において控訴人会社の装置とコーティング液を使って被控訴人が用意した裸錠にコーティングをして、自社の追試用サンプルとして国立衛生試験所へ提出した。

右追試は資料どおりの製剤であるかどうかを確認するためであるから、他社のコーティング装置や液を借用して製造することが許されないのは当然である。

6 損益相殺について

被控訴人は、控訴人会社がデータねつ造の発覚によりノルベダンの製造を断念したことによって、フエンチアザク製剤市場を独占しドノレストの売上げを増加させて利益を得たから、右利益を損害から控除すべきである。

そして、被控訴人がドノレストの販売実績を明らかにしない本件にあっては、被控訴人の発表初年度のドノレストの販売実績を超える部分は、すべてノルベダンの撤退による増加と推定すべきであり、昭和五八年から昭和六一年までの間の右増加分の売上高に被控訴人主張の粗利益率を掛けて増加した粗利益を計算し、更に販売量の増加にともない増加した販売費を差し引いて営業利益を算出すると、合計一億七九二二万一〇三六円と計算される。また、ノルベダンの撤退により増加したドノレストの販売量の増加分に応じて被控訴人が取得した開発援助費及び販売促進援助費を計算すると、合計一億二八八二万二九二四円となる。

結局、被控訴人は、控訴人会社がノルベダンの製造、販売を断念したことにより合計三億〇八〇四万三九六〇円の利益を得たことになるから、右利益を損益相殺すべきである。

7 控訴人山口の取締役責任について

(一) 原判決は、控訴人会社で長期間にわたり広範かつ組織的なデータねつ造が行われていたように認定しているが、右認定は不当である。

控訴人会社が昭和四六年三月に製造承認を受けた鎮痛消炎剤シンナミンについて動物実験データを隠ぺいした事実やシンナミンによるとされる副作用について厚生省に対し報告義務を怠った事実はないし、また、残る四品目についてもデータのねつ造その他の不正行為や不審な点はまったくなかった。したがって、控訴人会社としては、右五品目の製造承認申請を取り下げる必要はなかったのであるが、厚生省の徹底的な立入検査を受ける事態を招いたことに謹慎、自戒の意をあらわすため、昭和四五年以降に承認を受けた新薬の承認申請を全部取り下げて本件ねつ造事件の道義的責任をとることにしたものである。

(二) 当時の控訴人会社の管理体制は、同規模、同業種の会社と比較して、名称等に若干異なるところがあっても、組織構造自体に差異はなく、格別の欠陥はみられない。

昭和五三、五四年当時の控訴人会社の新薬開発のプロセスは、研究開発部門で探索、選別した開発候補品目を提案し、これについて技術部門を中心とする開発推進会議で審議し、更に経営推進会議で可決されて、最終的に開発が決定されることになっていた。社長は、経営推進会議の議長としてこの最終決定に関与するが、開発推進会議に関与することはなく、重要事項の報告を受けるだけである。経営推進会議の決定を得た品目について試験計画を担当するのは開発部長である。開発部長は、開発の開始から計画、実施に至るまでの全般にわたり極めて重要な役割を占めている。

社長は、最高責任者であるといっても、新薬開発といった専門分野のすべてについて、担当者と同等の知識、理解力、指導力をもって業務の遂行を期待することは、とうていできない。

(被控訴人)

1 開発援助費及び販売促進費の損害について

ドノレストの開発援助費は、被控訴人が開発に要した試験費用の負担の一部を一手販売元である日本商事に転嫁する趣旨で算出されたものであり、販売促進援助費は、被控訴人が医療機関に対し直接多くのプロパー(販売拡張員)を派遣して販売促進活動を展開したり、パンフレット等学術宣伝資料を作成して宣伝活動を実施したりしているため、それらの販売促進費の一部を日本商事に負担してもらう趣旨で算出されたものである。このように開発援助費や販売促進援助費は、その名称からも明らかなように、本来コストの一部として仕切価格に含められる性質のものであり、被控訴人は、これらを別建てで請求する価格体系を採用していたにすぎないものである。控訴人ら主張の営業奨励金とか補助金という性質のものではない。

加えて、ドノレストの仕切価格に開発援助費及び販売促進援助費を加算しても、五〇mg一錠当たりの金額は薬価の40.35パーセントであり、一〇〇mg一錠のそれは40.07パーセントであるにすぎないのであって、製薬会社が卸売業者に販売する平均販売価格が薬価の六三ないし六五パーセントであることを考えれば、開発援助費及び販売促進援助費を加算した実質的販売価格は容易に予見できるものである。

したがって、開発援助費と販売促進援助費を予見不可能な特別損害であるとする控訴人らの主張は理由がない。

2 控訴人らの危険の引受けの主張について

(一) 被控訴人が、控訴人会社の曽根原開発部長から臨床試験のデータねつ造を告知されたことはない。被控訴人は、控訴人会社が実施した二重盲検試験の研究会には一回も出席していないし、右試験の進行状況を連絡されたこともない。したがって、被控訴人は、ねつ造された試験結果について、これを知ったり、不審を感じたりする立場にはなかった。

(二) 控訴人らは、ドノレストのパンフレットの作成段階で被控訴人がデータねつ造を知った旨主張する。しかし、本件の製造承認申請の添付資料には合計七二編の臨床試験論文があり、そのうち六二編の論文が控訴人会社分担のものであり、しかもこれらは昭和五五年五月初旬に添付資料の形に製本して一括して被控訴人に渡された。被控訴人としては、右六二編の論文中の一編がねつ造であることを知る余地はなかった。また、パンフレットを作成した昭和五七年六月当時は、消炎鎮痛剤の効能の評価について、薬効のないインアクティブプラセボではなく、実際に薬効のある対照薬による臨床試験が必要であるとの考えが一般的になっていたので、説得力のある対照薬との比較試験成績に限ってパンフレットに引用したものである。被控訴人の悪意とは関係がない。

3 控訴人らのクリーンハンドの原則の主張について

クリーンハンドの原則は、以下の理由により、本件において適用されない。

(一) クリーンハンドの原則は、英国の衡平法裁判所で発達した法理で、差止請求など衡平法上認められる特別の救済を求める場合にのみ要求されるものであり、損害賠償請求のような普通法上の訴訟には適用されない。

(二) 本件共同開発契約において、試験資料提供の義務を主として負っているのは控訴人会社であり、被控訴人ではない。

(三) 被控訴人の損害発生の原因となったドノレストの製造販売の停止、回収、追加試験の指示は、すべて控訴人会社が分担実施し提出した試験資料のみに原因があり、被控訴人の試験資料はその原因となっていない。また、控訴人会社は、被控訴人の分担実施した試験資料を理由に厚生省からいかなる不利益な処分も行政指導も受けておらず、いかなる損害も被っていない。

(四) 被控訴人が実施した試験資料に仮に問題があるとしても、それは規格試験の完了前に安定性試験の一部を開始していること及び安定性試験の実施期間の表示上の誤りであり、控訴人会社の行った臨床試験のデータねつ造とは完全に異質な行為であり、それだけでは製造承認の取消原因にならないものである。これをとらえて被控訴人の損害賠償請求がクリーンハンドの原則に反するとはいえない。

(五) そもそも、被控訴人がドノレストの製造承認申請書に添付した資料には、次のとおり控訴人ら主張のようなねつ造の資料は一切含まれていない。

(1) 規格試験と安定性試験の先後関係について

被控訴人が製剤安定性試験を一部開始してから製剤規格試験を実施したことは製造承認申請書添付の開発タイムテーブル上明確にしていたことであり、秘匿していたものではない。規格試験を完全に終えた後でなければ安定性試験を開始してはならない旨の法令や指導、通達はなく、そのような記載は、医薬品製造指針、薬学に関する著書などにもまったく見当らない。本件の製造承認に関する薬事審議会の新医薬品調査会の審議においても、安定性試験を先行させたことは何ら問題にされていない。

(2) 規格試験について

控訴人ら側の証人山坂ですら被控訴人がフエンケアザクの規格試験を行っていないとは証言していない。

被控訴人が行った規格試験のデータと控訴人会社が行った規格試験のデータを比較すると、その試験結果等が異なっており、被控訴人の規格試験が独自かつ適正に実施されていることは明らかである。

(3) 安定性試験について

被控訴人と控訴人会社は、昭和五三年一月三〇日に安定性試験の方法について打ち合わせをし、昭和五四年五月三〇日に安定性試験の中間結果について検討し検査項目を追加する等している。そして、控訴人会社と被控訴人の安定性試験の試験条件の一部は明らかに異なっているのであり、また、安定性試験のデータも、その記載の様式と個々の数値がいずれも異なっている。これらの点からして、被控訴人が独自に安定性試験を実施したことは明らかである。

なお、控訴人らは、被控訴人に錠剤製造能力がなかった旨主張するが、被控訴人は、畑鉄工所から、昭和五一年二月、打錠機、杵、臼、試験用万能機、製粒機等を購入し、昭和五二年九月、直径七ミリの杵、臼等を購入し、同年一二月、万能試験機用糖衣、艶出機アタッチメントを購入した。したがって、被控訴人は、遅くとも昭和五三年一月の時点においてフィルムコーティング錠が製造できる設備を有していた。

(4) 同等性試験について

被告人らがねつ造であると主張する同等性試験は、控訴人会社が自己の研究所で実施し、その試験データの整理や論文の作成等を単独で行ったものであり、被控訴人はかかるねつ造にまったく無関係である。

(5) 臨床試験について

被控訴人が控訴人会社から五万錠のノルベダンのサンプルを受領したことはないし、これを用いて臨床試験を委託したこともない。

(6) 国立衛生試験所へ提出した製剤について

国立衛生試験所へ提出した製剤見本のフィルムコーティング作業を第三者所有の機械設備を利用して行うことは、なんら違法ではなく、禁止されていることではないし、製造承認の申請資料のねつ造とは全く無関係である。

4 控訴人らの損益相殺の主張について

非ステロイド系抗炎症剤市場は、医薬品市場の中でも競争の最も激しい分野であり、昭和五五年一月当時で既に七〇品目以上の薬剤が存在し、昭和五七年以降も多くの新薬が開発されているのが現状である。したがって、ノルベダンの製造承認が取り消されれば、ドノレストの販売が拡大するという単純な関係にはない。

5 控訴人山口の取締役責任について

(一) 控訴人会社は、控訴人山口が一代で作り上げた会社で、設立は昭和二五年と新しく、その後ゾロ品によって急成長した会社である。控訴人山口は、昭和二八年以降社長を続け、昭和五七年当時13.7パーセントの株式を所有する完全なワンマン社長であり、単なるサラリーマン社長と異なり、控訴人会社の業務については万般にわたり熟知していたものである。

(二) 製薬会社にとって、新薬の開発、市場への導入は最重要事項であり、社長自らが決定に関与することは常識である。また、新薬開発に関するデータのねつ造は、真実委託先と試験委託契約を締結していたか、サンプルを提供し報告論文を受領したか、研究会を開催したか、試験計画書を作成したか等により社内の者は容易にチェックできるものであるから、開発部長やその部下数人だけでデータねつ造が完遂できるものではない。会社の組織的行為として、かつ社長以下の幹部の指示か、少なくとも黙認、助長する雰囲気がなければ、データねつ造はとうてい不可能である。

(三) 控訴人会社のノルベダンのデータねつ造は偶発事件ではなく、過去にも前歴がある。

例えば、シンナミンの動物実験のデータ隠しは、昭和四八年から同四九年にかけてのことで、藤本常務の入社前か入社早々のことであり、社長である控訴人山口が直接関与していたと推認できる。また、トスカーナの臨床試験の論文のねつ造は、昭和五三年から同五四年ころであり、ねつ造した論文は判明しただけで七編ある。これらは、本件のねつ造も会社ぐるみの組織的行為であることを示している。

6 附帯控訴について

(一) 返品による受入運送費の損失

(二) ドノレストに係る製造固定費

被控訴人の戸田工場の製造固定費(人件費、福利厚生費、地代家賃、原価償却費、固定資産税等の税金、一般管理費)を各製品に割り付けるに当たっては、原末を調合、計量して打錠、製剤し包装を行うことが必要なドノレストの作業・管理量を、輸入錠剤を包装するだけの他の二品目の製品(ワイパックス、プラノバール)の作業量の二倍を推定した上で、生産錠数に応じて割り付けるのが合理的であり、原判決のように、ドノレストに係る作業・管理量を他の二品目と同一とみなし、単純に戸田工場で製造された三品目の製造数量の割合で製造固定費に割り付けるのは妥当でない。ドノレストに係る作業・管理量を他の品目の二倍とすると、固定費配賦率は、返品後再販売されたドノレストについては51.9パーセント、販売停止期間中の製造予定ドノレストについては57.6パーセントとなる。

右推定は、〈書証番号略〉にまとめられた投下労働時間から正しさが裏付けられる。すなわち、ドノレストの包装作業に投下された従業員の総労働時間は7602.6時間であり、ドノレストの錠剤製造作業に投下されたそれは8807.5時間である。ドノレストの包装作業に投下された労働時間を一とすれば、錠剤製造作業を含めた労働時間は約2.16となる。また、三品目の製造に投下された総労働時間二万8280.9時間のうち、ワイパックの製造に投下された時間は9558.8時間(33.8パーセント)、プラノバールのそれは二三一二時間(8.2パーセント)、ドノレストのそれは一万6410.1時間(五八パーセント)となる。これは、ドノレストに係る作業量を他の品目の二倍として計画した製造固定費の配賦率とほぼ同じである。

(三) 製造停止期間中の推定売上高

ドノレストの製造販売停止期間中の売上高は、前年度の112.88パーセントと推定するのが合理的である。

すなわち、消炎鎮痛剤の年次別売上高の表(〈書証番号略〉)によれば、ドノレストとほぼ同時期に発売された三八品目の消炎鎮痛剤のうち、四品目を除いた残り三四品目は発売初年度より二年目の売上高が増加しており、その増加率の中央値は159.2パーセントである。被控訴人が主張した増加率112.88パーセントは極めて控え目なものである。

(四) 弁護士費用

債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用は、債務不履行と相当因果関係にある損害と解すべきである。少なくとも、債務不履行が同時に不法行為になる場合には賠償が認められるべきである。控訴人会社は、故意に試験データをねつ造し、それがもし発覚すれば、製造承認申請の却下又は製造承認の取消しにより重大な損害を発生させるおそれのあることを知りながら、ねつ造データを被控訴人に提供したものであり、控訴人会社の行為はその態様において極めて反社会的、反倫理的な性格をもつものであるから、不法行為の要件をもみたしている。

また、控訴人山口に対する商法二六六条の三に基づく損害賠償請求は、不法行為責任に極めて近い性質のものであるから、弁護士費用の賠償は認められるべきである。

理由

第一本訴について

一当事者間に争いのない事実

原判決三二枚目裏六行目から一一行目までの摘示のとおりである。

二共同開発の合意

この点に関する認定は、次の1ないし10に記載するほか、原判決三三枚目表一行目から四二枚目表三行目までの説示と同一である。

1  原判決三三枚目表一、二行目の「甲第一ないし第一四号証」を「甲第一号証の一ないし八、第二号証の一ないし七、第三号証の一ないし六、第四号証の一ないし四、第五ないし第七号証、第八号証の一ないし三、第九ないし第一四号証」に改める。

2  原判決三三枚目裏三行目の「下熱作用」を「解熱作用」に改める。

3  原判決三四枚目表七行目の「権利を付与する」の次に「、JWBは、自社又は第三者である実施権者一社でする場合を除き、右地域内でフエンチアザクを製造、使用又は販売しないことを約束する、LPB又はその再実施権者が公式登録又は免許を申請するときは、右登録又は免許に関する一件記録ないし提出書類の写しをJWBに提供し、JWBは、右資料を自社又は第三者である実施権者が登録又は免許を受けることを含めて使用する権利を有する」を加える。

4  原判決三四枚目裏九行目の「本件サブライセンス契約」の前に「控訴人会社は、本件サブライセンス契約の締結に先立ち、日本においてフエンチアザク製剤を一社で独占的に製造、販売することを望んでいたし、被控訴人が日本においてフエンチアザク製剤を製造、販売することを認めるにしても、控訴人会社が先に製造承認を得て販売を開始することをLPBに打診したが、控訴人会社が販売を独占する希望あるいは控訴人会社が先発する申入れは、JWBの了解を得られなかった。控訴人会社が日本においてフエンチアザクの再実施権を取得するためには、フエンチアザクの製造承認について被控訴人との共同開発という形になることを認めざるを得なかった。そこで、」を加える。

5  原判決三五枚目表八行目の「④」を「⑤」に改め、同三六枚目表一一行目と一二行目の間に次のとおり加える。

「⑤ Biexは、被控訴人以外の者が日本においてフエンチアザク製剤の販売をJWBから認められないこと及び被控訴人が第三者にフエンチアザクの再実施権を付与しないことを保証する。

なお、本件サブライセンス契約において、控訴人会社は、本契約締結後五年以内にフエンチアザク製剤の製造承認を取得することを約束した。」

6  原判決三七枚目裏七行目と八行目の間に次のとおり加える。

「その結果、控訴人会社は、Biexに宛てた昭和五二年三月七日付書簡をもって、フエンチアザク製剤の日本における販売会社は控訴人会社と被控訴人であること、被控訴人は、日本製薬工業協会に属する会社及び大正製薬株式会社を通じてフエンチアザク製剤を販売しない旨同意していることの確認を求め、Biexはこれを確認した。」

7  原判決三八枚目表二行目の「第二回会合が開かれた。」の次に「右会合は、ワイス側から、控訴人会社と被控訴人とがフエンチアザクを共同開発するに当たり具体的にいかなる方法、態様で協力するかを協議するため開催することを求めたものである。」を加え、同三行目の「原告は」から同八行目の「成立した。」までを「控訴人会社は、五年以内に薬事法上の製造承認を得るために必要な試験を控訴人会社で行うことにして、その試験と進行計画を説明するとともに、共同開発に係る申請として被控訴人自身が必ず実施しなければならない最低限の試験(規格試験、安定性試験、臨床試験、同等性試験)を説明し、被控訴人は、これを了解した。控訴人会社と被控訴人との間では、右試験の分担及び試験資料の提供について意見の対立はなかった。ところが、共同開発について、控訴人会社は、控訴人会社において独自に製造承認を得るために必要な一切の試験を実施し、その結果を被控訴人に提供するだけで足ると考えていたのに対し、ワイス側は、控訴人会社と被控訴人が共同開発のため試験の計画、実施等全段階にわたり協力すること、WILは右共同開発の計画について意見を述べる権利を持つことを主張した。しかし、控訴人会社は、費用を負担しないWILが共同開発について直接関与することに難色を示した。協議の結果、控訴人会社と被控訴人とは、フエンチアザク製剤の製造承認を得る共同開発の試験計画及びその実施について協力し、薬事法上被控訴人自身で実施することを要求されている前記最低限の試験以外の試験はすべて控訴人会社が分担し、その試験結果及び資料を被控訴人に提供すること、WILは、被控訴人を通じて右共同開発の内容について報告を受け、被控訴人を通じてこれに対して意見を述べること、特定の試験について控訴人会社と被控訴人との間に意見の相違が生じた場合には、控訴人会社は、右試験から抜けることができることを取り決めた。」に改める。

8  原判決三八枚目裏七行目及び三九枚目裏四行目の「異義」を「異議」に改める。

9  原判決四一枚目表一〇行目の「数日後」を「一九日後」に改める。

10  原判決四一枚目裏九行目と一〇行目の間に次のとおり加える。

「控訴人らは、本件共同開発の合意が不成立又は無効である旨主張する。

しかし、右認定した事実によれば、本件ライセンス契約において、LPBがフエンチアザク製剤の製造、販売を認められた地域においてもJWB又はJWBの認めた実施権者一社がフエンチアザク製剤を製造、販売できること、及びLPB又はその再実施権者が登録又は免許をとるために用意した資料はJWBが自社又は実施権者のために利用できることはすでに合意されていたこと、したがって、本件サブライセンス契約においても、日本において控訴人会社の外に被控訴人がフエンチアザク製剤を販売すること及び被控訴人は控訴人会社の研究資料を利用して共同開発という形で製造承認を得ることは当然の前提とされていたこと、そこで、控訴人会社は、本件サブライセンス契約締結後、被控訴人に対して、大手製薬会社をフエンチアザク製剤の一手販売元にしない旨交渉していること、昭和五二年三月一一日の会合において、控訴人会社が製造承認を得るために必要な試験を行い、その試験資料を被控訴人に交付し、被控訴人は共同開発に係る製造承認を得るために要求される最小限の試験のみを実施することについては何も問題がなく、控訴人会社と被控訴人を含めたワイス側とがどのような形で協力、共同するかについて意見の対立があったが、結局、控訴人会社は、被控訴人と意見の一致しない試験からは抜けることができるとの権限を留保した上、被控訴人と共同開発の計画及び実施について協力する旨合意していること、控訴人会社と被控訴人とは、昭和五二年三月一一日の合意に従い、フエンチアザク製剤の製造承認申請に必要な打合せや協議を何回も行い、控訴人会社において右申請に必要な試験を実施してその資料を整理して被控訴人に交付した上、共同開発による申請としてフエンチアザク製剤の製造承認を同時申請していることなどが認められるのであり、こうした一連の経過に照らせば、控訴人会社が被控訴人に対して試験資料を提供すること自体は、すでに本件サブライセンス契約において決められていたことではあるが、昭和五二年三月一一日の会合が専ら本件サブライセンス契約の履行としての資料の提供に関する手続的な話合いないし打合せにすぎなかったとは到底認めることができない。また、同日の会合が控訴人会社から被控訴人に対して資料を贈与することを合意したにとどまるというのも実態に即するものとはいいがたい。右会合においては、控訴人会社と被控訴人の間に、控訴人会社がワイス側からフエンチアザクの再実施権を与えられたことの対償として、控訴人会社の実施した試験資料を提供することを含めてフエンチアザク製剤の製造承認を申請してこれを取得できるように控訴人会社が被控訴人に協力、援助すべき義務を負担する旨の法的拘束を有する本件共同開発の合意が成立したと認めるのが相当である。右共同開発の合意について書面が作成されていないことは右認定を妨げるものではないし、また、右合意について、当事者双方の担当者に契約締結の意思又は権限がなかったと認めるに足りる証拠はない。

更に、控訴人らは、本件共同開発の合意が公序良俗に違反して無効である旨主張するが、本件共同開発の合意が当初から非合法な協力援助を暗黙に承認する内容であったと認めるに足りる証拠はないし、本件共同開発の合意を履行する過程において後記のような違法行為があったとしても、さかのぼって本件共同開発の合意が無効になるとは解されない。」

三控訴人会社の債務不履行責任

この点に関する認定は、次の1ないし3に記載するほか、原判決四二枚目表五行目から四三枚目裏一一行目までの説示と同一である。

1  原判決四二枚目表五、六行目の「弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる」を「成立に争いのない」に改め、同八、九行目の「甲第五二ないし」を「甲第五二、第五三号証、第五四ないし」に改め、同一〇行目の「証人鳥海昭」の前に「原審証人矢後長敬の証言(第一回)、」を加える。

2  原判決四二枚目裏一行目の「捏造し」の次に「(頸肩腕症候群、腱鞘炎及び肩関節周囲炎に関する臨床試験を実施しなかったのに、約二〇〇例の臨床試験を実施したように内容虚偽のデータを作成した。)」を加える。

3  原判決四三枚目裏六行目の「被告会社の前記データ捏造は」を「控訴人会社がねつ造した臨床試験の資料を被控訴人に提供したことは、債務の本旨に従った履行とはいえず、」に改める。

四被控訴人の損害

この点に関する認定は、次の1ないし10に記載するほか、原判決四三枚目裏一三行目から五三枚目表一行目までの説示と同一であり、被控訴人の損害の合計は七億〇一六四万七二六五円となる。

1  原判決四四枚目表七行目の「六五」の次に「によれば」を加える。

2  原判決四四枚目裏二行目と三行目の間に次のとおり加える。

「控訴人らは、被控訴人と日本商事との間のドノレストの売買契約が無効である旨主張する。しかし、ドノレストの製造承認申請に添付された被控訴人作成の資料のうちに虚偽記載のものがあったとしても、それだけで直ちに、日本商事との右売買契約が公序良俗違反等により無効になるとは解されない(ドノレストが申請に係る効能を欠くとか、著しく有害な作用を有するとかいった医薬品としての価値を否定すべきものであるとは認められない。)。また、ドノレストの製造承認処分が無効と認められないことは後記判示のとおりである。

したがって、控訴人らの右主張は失当である。」

3  原判決四五枚目表二行目と三行目の間に次のとおり加える。

「控訴人らは、開発援助費及び販売促進援助費は特別損害である旨主張する。

しかし、前記引用にかかる原判決の認定によれば、右開発援助費及び販売促進費は、実質上、ドノレストの製造又は販売の経費として、日本商事に対する販売価格に含められる筋合のものといってよく、これを右のような名称により販売価格とは別建てで日本商事から支払を受けることにしたからといって、本来の販売価格と異なる取扱をすべきいわれはない。そして、右開発援助費及び販売促進援助費を含めた対価で日本商事にドノレストを販売することにより被控訴人の取得する利益が、同種製剤の販売によって同業者が得る一般的な利益割合と特に異なるとの事情は認められないから、右開発援助費及び販売促進援助費に関する損害は通常生ずべき損害と認めるべきである。」

4  原判決四五枚目表四行目の「5(一)(二)」を「4(一)(1)及び(2)」に改める。

5  原判決四五枚目裏一行目の「一七万一九九〇円」を「一七万五四九〇円」に改め、同三行目の「甲第九二号証の一ないし七の各一、二」の次に「、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二五号証の一、二」を加え、同五行目の「(但し」から同六行目の「除く)。」までを削り、同七行目の「一七万一九九〇円」を「一七万五四九〇円」に改め、同八行目の「(なお、」から同一〇、一一行目の「採用できない。)」までを削る。

6  原判決四八枚目表七行目の「供述するが」から同九、一〇行目の「右証言だけでは、」までを「供述し、また、甲第一〇四号証によると、被控訴人の戸田工場での従業員の作業時間はドノレストに係るものが他の二品目に係るものの合計を上まわっていることが認められるから、ドノレストの作業管理量が他の二品目よりも大きいことは否定できない。しかし、前記のとおり、製造固定費は、人件費のほかに、福利厚生費、地代家賃、減価償却費、税金、一般管理費等からなるものであるし、これに関する損害を当該製品の製造数量に応じて配賦することによって算定するのも多分に擬制的な計算であるから、できる限り確実な損害を認定する趣旨において、右の各証拠だけでは」に改める。

7  原判決四九枚目表一〇行目の「認められるが」を「認められ、成立に争いのない甲第一二六号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和五四年から昭和五七年にかけて発売された消炎鎮痛剤三十数品目のうち、八ないし九割程度の品目は、発売初年度の売上高より第二年度の売上高が増額していることが認められるが」に改め、同一二行目の「他に特段の事情がない以上」を「また、後記のとおり見本品及び試用品の需要に減少傾向がみられることなどをも考え合わせると、ドノレストの販売増加額を具体的に確定することは困難であって、」に改める。

8  原判決四九枚目裏一行目と二行目の間に次のとおり加える。

「他方、控訴人らは、初年度の売上高には見本品や試用品の売上げが含まれているが、見本品等は継続的需要が見込まれないから、第二年度の売上高から右見本品等の売上高を差し引くべきである旨主張する。

確かに、前記引用にかかる原判決添付の別表1によってみると、ドノレスト四錠包装の見本品及び同一〇〇錠包装の試用品の売上高は、昭和五一年一月の発売開始から同年一〇月まで月を追うにつれて減少傾向をみせているということができる。

しかし、右事実からその後の右見本品等の売上の消長を予測するにはなお不確実な面がある上、前記のように、発売された新薬の売上高は初年度よりも第二年度の方が増加するのが一般的であるにもかかわらず、右見本品等の需要の減少傾向をも見込んで、第二年度のドノレスト全体の売上高を控え目に初年度並みと推定したのであるから、右全体の売上高から更に見本品等の需要減少分を差し引くことは相当でない。」

9  原判決五一枚目表九行目の「四九〇四万五〇八〇」を「四九六四万五〇八〇」に改める。

10  原判決五二枚目裏一三行目の「証拠はない。」の次に行を改めて

「被控訴人らは、本件の債務不履行が同時に不法行為に当たる旨主張するが、控訴人会社の行った資料ねつ造行為が対社会的に強い非難に値することは当然として、右資料を被控訴人に提供したことをもって直ちに被控訴人に対する不法行為に当たると解することはできない。」を加える。

五抗弁について

1  危険の引受け又は危険への接近について

控訴人会社のデータねつ造の事実が控訴人会社の担当者から被控訴人の担当者に告知されていたと認めるに足りないことは、原判決五六枚目裏六行目から同一〇行目までに説示するとおりである。ただし、原判決五六枚目裏七行目の「資料捏造」の前に「頸肩腕症候群に関する」を加える。

控訴人らは、試験資料のねつ造が告知されていなかったとしても、厚生省のヒヤリングの段階又はドノレストの販売促進用パンフレット作成の段階で被控訴人が右ねつ造の事実を知ったはずである旨主張する。

しかし、被控訴人が厚生省のヒヤリングを受ける段階でねつ造の事実を知ったと認めるべき十分な証拠はない。また、〈書証番号略〉、及び原審証人矢後長敬の証言(第一、二回)を総合すると、被控訴人がドノレストの製造承認申請に添付した文献は一二五編であり、うち臨床試験の文献(論文)は七二編で、その大半は控訴人会社が分担したものであること、頸肩腕症候群に関するものはねつ造された一編を含めて九編あること、被控訴人は、控訴人会社が分担した臨床試験(控訴人会社が単独で委託したもの)については詳しい説明や報告を受けていないことなどの事実が認められるのであり、これらによると、被控訴人が販売促進用パンフレットを作成するための資料の点検の際に、頸肩腕症候群の二重盲検臨床試験に関する論文がねつ造されたものであることを当然に知ることができたはずであるということはできない。更に、被控訴人が作成したドノレストの販売促進用パンフレット(乙第五三号証)には、変形性膝関節症、腰痛症、抜歯後疼痛及び小手術後炎症、上気道炎、慢性関節リウマチについてアクティブプラセボ(対照薬)と比較した二重盲検臨床試験を実施した旨の記載があるのに対し、インアクティブプラセボと比較した二重盲検臨床試験の結果しかなかった頸肩腕症候群については二重盲検臨床試験の実施について触れられていないが、昭和五七年当時二重盲検試験の結果をすべて販売促進用パンフレットに記載する取扱いであったこと及び当時インアクティブプラセボによる二重盲検試験がアクティブプラセボによる二重盲検試験と同等に取り扱われていたことを認めるに足りる客観的な証拠はない(この点に関する当審証人篠原和久の供述は十分な裏付けがない。)ことに照らせば、被控訴人が、インアクティブプラセボと対照した二重盲検試験の結果しかなかった頸肩腕症候群をアクティブプラセボと対照した二重盲検試験を実施した他の適応症と区別して取り扱ったことをもって不自然であるとし、そのことから右パンフレット作成の段階で頸肩腕症候群に関する二重盲検試験の資料がねつ造であることを被控訴人が知っていた又は知ることが容易であったと推認することはできない。なお、被控訴人が分担した試験資料に虚偽の表示があること等は後記認定のとおりであるが、右事実から控訴人会社の本件のような態様の試験資料のねつ造を知っていたとまで推認することはできない。

したがって、危険の引受け又は危険への接近の抗弁は採用することができない。

2  製造承認処分の無効について

この点に関する判断は、原判決五七枚目表二行目から同一三行目までの説示と同一である。

3  クリーンハンドの原則違反(被控訴人のデータねつ造)について

控訴人らは、被控訴人の側にもデータねつ造等の違法行為があるから、被控訴人の損害賠償請求は、民法九〇条、七〇八条の趣旨に照らし、棄却ないし減額されるべきである旨主張する。

そこで、控訴人ら主張のデータねつ造等の違法行為の有無について判断する。

(一) 規格試験と安定性試験の先後の誤りについて

当審証人山坂平之焏及び同篠原和久は、規格試験が完了しなければ安定性試験は実施できない旨供述するが、これを裏付けるに足りる客観的な証拠はない。本件の製造承認の申請添付書類に記載されたフエンチアザクの開発タイムテーブル(〈書証番号略〉)及び控訴人会社作成のタイムテーブル(〈書証番号略〉)の記載をみても、厳密に規格試験終了後に安定性試験が開始されることにはなっていない。

したがって、規格試験が完了する前に安定性試験を開始することが許されないとする控訴人らの主張は採用できない。

(二)  原末及び製剤の規格試験及び安定性試験のデータねつ造について

〈書証番号略〉原審証人矢後長敬(第一回)、同露木佐助、当審証人山坂平之焏及び同影浦清男の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 被控訴人は、ドノレストの製造承認申請に当たり、フエンチアザクの原末と製剤の規格試験を昭和五三年前半(二月ころから五月ころ)に、原末と製剤の安定性試験を昭和五二年七月から昭和五五年三月までの間にそれぞれ実施したとし、実施場所は被控訴人の戸田工場及びその一部にある試験研究室、試験実施者は大野一雄、篠塚幸雄、長崎裕則、矢後長敬の四名、使用した製剤は昭和五二年一月から同年五月に被控訴人研究室で製造されたものとする試験資料を提出している(なお、被控訴人は、右の試験研究室は、戸田工場に移る前の豊玉試験室をいうものであると主張するが、申請資料中の「理化学試験施設及び実験者の履歴に関する説明資料」(乙第一七号証)には、試験を実施した研究室は戸田工場の一階の一部にある旨記載されているのであり、右主張は採用できない。)。

(2) しかし、右試験資料については、次のとおりこれと符合せず又は矛盾する事実を指摘することができる。

(ア) 控訴人会社は、昭和五一年一二月三一日Biexとの間で本件サブライセンス契約を締結した際、次のとおりの期限で開発データを提供する旨約束している。

昭和五二年四月 第一化合物安定性

昭和五二年六月 物理化学的試験

昭和五二年一一月 化合物の規格

昭和五三年六月 製剤の規格

昭和五五年八月 第二化合物安定性及び製剤の安定性

そして、控訴人会社は、昭和五二年三月一一日の会合において、被控訴人に対し、フエンチアザク製剤の開発計画についてタイムテーブルを示して説明しているが、これによると、原末の規格試験は昭和五二年七月から同年一一月まで、製剤の規格試験は昭和五三年一月から同年六月まで、原末の安定性試験は、予備試験を昭和五二年二月から同年四月まで行った上で昭和五三年五月から昭和五五年八月まで、製剤の安定性試験は昭和五三年五月から昭和五五年八月までそれぞれ実施することになっていた。

(イ) 控訴人会社は、昭和五二年六月二三日に同月二五日から始めるフエンチアザク錠剤の研究開発に必要な原料と錠数を算出しているし、同月二七日にフエンチアザク製剤に関する基礎的実験が社内で報告され、同年八月二五日には原末の規格試験の結果と原末の安定性試験の結果の一部について部内で検討している。そして、昭和五三年一月三〇日には、被控訴人の矢後開発部長と会って、フエンチアザクの分解物情報をワイス本社から入手してほしい旨依頼するとともに、原末と製剤の安定性試験について打ち合わせをしている。更に、昭和五四年五月三〇日の段階においても、被控訴人との間で、原末と製剤の安定性試験の問題点を協議している。

(ウ) 被控訴人が製造したドノレスト五〇mg錠の直径は7.2ミリ(裸錠の直径は七ミリ)であり、ドノレスト一〇〇mg錠の直径は8.3ミリ(裸錠の直径は八ミリ)であったが、被控訴人において直径七ミリ及び直径八ミリの錠剤を作り出す杵と臼を株式会社畑鉄工所から購入したのは、昭和五三年一〇月のことであり、それ以前に直径七ミリ及び直径八ミリの錠剤を作る杵と臼とを第三者から借り出したことはなかった。被控訴人がドノレストの試験用の錠剤を製造することが可能になったのは、昭和五三年一〇月以降のことであり、それ以前に製剤の規格試験や安定性試験を行うことは不可能であった。

(エ)  被控訴人が原末と製剤の規格試験や安定性試験を実施したとする戸田工場が新築されたのは昭和五三年七月のことであるから、それ以前に戸田工場で試験をすることは不可能である。

(オ)  被控訴人が規格試験及び安定性試験の実施者として挙げている前記四名のうち、大野一雄が被控訴人に入社したのは昭和五三年四月であり、篠塚幸雄が被控訴人に入社したのは昭和五四年四月であるから、両名がそれぞれの入社前に試験に関与することはあり得ない。

(3)  右認定した事実から考えると、被控訴人は、昭和五三年一〇月以前に製剤の規格試験及び安定性試験を実施することはできなかったこと、昭和五三年七月以前に戸田工場及びその試験研究室で試験を実施することはできなかったこと、大野は原末及び製剤の規格試験をほとんど担当できず、篠塚は規格試験を担当することはあり得ないことが認められるというべきであって、被控訴人の提出した前記試験資料の記載には、これらの点で事実に反するところがあると認められる。

しかし、その試験そのものが実際に全然実施されていないとの事実又はその試験内容が全部勝手に作り上げたものであるとの事実までを認めるに足りる証拠はない。

(三) 生物学的同等性試験のデータねつ造について

〈書証番号略〉、原審証人堀二三男及び当審証人篠原和久の各証言を総合すると、被控訴人は、共同開発にかかるノルベダンの製造承認を得るため、生物学的同等性試験を実施する必要があったこと、そのため、昭和五五年初めころ控訴人会社の研究所に右生物学的同等性試験を委託して予備試験を行ってみたところ、ノルベダンとドノレストとの間に同等性があるとの実験結果が得られなかったこと、しかし、製造承認申請の時期が迫っていたので、控訴人会社と被控訴人の担当者が相談の上、控訴人会社において同等性があるとの結果が得られた旨の生物学的同等性試験の資料を作り上げたことが認められる。

右認定事実によれば、被控訴人が製造承認申請に添付した生物学的同等性試験の資料は、控訴人会社が実験結果をねつ造したものであり、被控訴人はこれを知りながら提出したものと認められる。

(四) 臨床試験のデータねつ造について

被控訴人がドノレストの量産用打錠設備を購入したのが昭和五六年一二月であることは被控訴人の認めるところであり、この事実と前掲乙第三二号証及び原審証人堀二三男、当審証人篠原和久、同影浦清男の各証言を合わせると、被控訴人は昭和五四年三月ころから始まったドノレストの臨床試験用の製剤を準備することができなかったので、控訴人会社から同一規格のノルベダン合計約五万錠を借用して、これを臨床用ドノレストとして使い臨床試験を行ったことが認められる。

したがって、被控訴人がドノレストの製造承認の申請に添付した臨床試験資料にはこの点で虚偽の記載があると認められる。

(五) 国立衛生試験所へ提出した製剤について

原審証人露木佐助の証言及び弁論の全趣旨によると、被控訴人は、昭和五五年七月ころ、厚生省から国立衛生試験所で特別審査をするためドノレスト製剤のサンプルの提出を求められたが、当時、ドノレスト裸錠をコーティングするのに必要な設備がなかったので、控訴人会社茨城工場のフィルムコーティング設備を借用して自社製のドノレスト裸錠にコーティングした製剤サンプルを製造し、これを提出したことが認められる。

以上(一)ないし(五)で認定した事実に前記二及び三で認定した事実を総合すると、控訴人会社と被控訴人との本件共同開発によるフエンチアザク製剤の製造承認申請に当たり、控訴人会社は、臨床試験の資料をねつ造するなどの不正をし、その資料を被控訴人に提出したが、被控訴人もまた、自ら実施することになった試験につき、一部虚偽の資料を作成したものといわざるを得ない。

もっとも、被控訴人の作成した右虚偽資料は、一部(前記(二))は試験の内容そのものに関するものではないし、また、ドノレストの処方がノルベダンと同一とされていることからして、ノルベダンによるドノレストの臨床試験データの作成(前記(四))がドノレストの効能等に直ちに影響するとまではいい難い面があるのに対し、控訴人会社の行った臨床試験のデータねつ造は、虚偽の効能を証明する資料を作り出すという極めて重大悪質なものというべきであるから、双方の不正を単純に同等視するのは妥当でない。このことは、被控訴人に対してはドノレストの製造承認取消処分がされず、一部の追加試験を経た上で約一年後に製造販売の再開が認められたことによっても裏付けられるところである。また、被控訴人がドノレストの製造販売停止を命じられ、損害を被るに至ったのは、控訴人会社の臨床試験データのねつ造という不正行為が発覚し、ノルベダンの製造承認が取り消されたことが原因であり、被控訴人の虚偽資料の作成がその原因となっているものではない。その限りにおいて、形式的には被控訴人の本件損害は専ら控訴人会社の行為によって生じたものということもできる。

しかし、共同開発について自らも虚偽の試験資料を作成し、しかもその一部(前記(三)(四))については控訴人会社の協力を受けた被控訴人が、控訴人会社の側で行った前記の虚偽資料の作成が損害発生の直接の原因になったということから、あたかも無責無関係の被害者と同様の立場で控訴人会社の損害賠償責任を追及することは、損害の公平な分担の理念に照らして相当でない(クリーンハンドの原則に依拠する控訴人会社の主張も結局は同趣旨に帰するものと解される。)。したがって、過失相殺の趣旨に準じて、被控訴人に生じた損害の一部は被控訴人に負担させるべきであり、既に認定した本件諸般の事情を勘案すれば、被控訴人の負担すべき損害の割合は全損害の三割と認めるのが相当である。

そうすると、被控訴人が賠償を求めることができる損害額は四億九一一五万三〇八五円となる。

4  和解による損害賠償義務の免除について

この点に関する認定、判断は、原判決五八枚目表一一行目から五九枚目表一〇行目までの説示と同一である。ただし、原判決五八枚目裏六行目の「Biexは」から同九行目の「約束したのに対し、」を削り、同五九枚目表四行目の「存在しないこと」を「存在しない」旨」に改め、同六行目の「右事実」の次に「及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇五号証」を加える。

5  損益相殺について

控訴人らは、控訴人会社がノルベダンの製造販売をしなくなったことにより、被控訴人はフエンチアザク製剤市場を独占し、ドノレストの売上を増加させる利益を得たから、ドノレストの販売再開後の売上高のうち発売初年度の売上高を超える部分はノルベダンの撤退による増加分として損益相殺すべきである旨主張する。

しかし、ノルベダンの撤退によりノルベダンに代わり販売再開後のドノレストを購入した医療機関が存在する可能性は否定できないが、ドノレストの販売再開後の売上高のうち発売初年度の売上高を超える部分がすべてノルベダンの代わりにドノレストを購入した結果であると推認することはできないし、ノルベダンが販売を止めたことによりドノレストの売上が増加したこと及びその増加額を具体的に認定できる証拠はない。

したがって、控訴人らの損益相殺の主張は失当である。

六控訴人山口の取締役責任の有無

控訴人会社の行った本件のデータねつ造について控訴人山口に商法二六六条の三の責任を問うことはできないと判断する。その理由は次の1及び2記載のとおりである。

1  前提となる事実関係(控訴人山口が控訴人会社の社員のデータねつ造を知りながらこれを放置したとの事実は認められないことを含む。)及び控訴人山口が控訴人会社代表者として負うべき監督義務の内容については、原判決五三枚目表三行目から五五枚目裏一〇行目までの説示と同一である。ただし、五三枚目表一〇行目の「追求」を「追及」に、同裏二行目の「適性」を「適正」に改める。

2  右認定の事実によれば、本件のデータねつ造は、控訴人会社の開発部門の責任者の指示によって行われたもので、その数も五件二〇三例と多く、また、過去にも同種の行為がなされたことがあり、控訴人会社の代表者であった控訴人山口の経営上の責任は大きいものがあると考えられる。しかし、本件の全証拠をもってしても、控訴人会社が従前から会社ぐるみでデータねつ造等を行っていたとか、あるいはデータねつ造を助長又は黙認する体質であったとまでは認めることができない。前記のトスカーナ、シンナミン等に関する件が表面化したのは本件のデータねつ造が発覚したことが契機となったものであって、それまではデータねつ造又はその疑いのある行為が社内で表面化した事実は認められず、また、控訴人山口が立場上そうした行為がなされたことを知っていたと認めるに足りる証拠もない。新薬の開発に当たり、データねつ造等の不正が行われず又は右不正を看過しないよう社内の管理体制を整備すべきことは当然であるが、一般的な製薬会社の組織として、控訴人会社の当時の新薬開発管理の体制がねつ造等防止の点で同業の他社に比べて特に劣っていたと認めるに足りる証拠はない。したがって、他に特段の事情の認められない本件においては、控訴人会社の開発部門で本件のデータねつ造が行われ、社内的にこれを防止又は発見できなかったことについて、代表取締役たる控訴人山口に職務執行上の重大な過失があると認めることはできない。

七以上によれば、被控訴人の控訴人会社に対する債務不履行による損害賠償請求は、四及び五3で認定した損害合計四億九一一五万三〇八五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年七月一四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、控訴人会社に対するその余の請求及び控訴人山口に対する請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

第二反訴について

控訴人会社の被控訴人に対する資料提供が本件共同開発の合意に基づくものであること、及び本件共同開発の合意を無効と解することができないことは、すでに判示したところである。

したがって、控訴人会社の被控訴人に対する反訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

第三結論

してみると、原判決中、被控訴人の控訴人会社に対する請求を認容した部分は、右に判示した損害賠償金四億九一一五万三〇八五円及びこれに対する昭和五九年七月一四日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務を超える限度で一部不当であるから、これを変更し、また、被控訴人の控訴人山口に対する請求を認容した部分は、全部不当であるから、これを取り消して右請求を棄却するが、控訴人会社のその余の控訴及び被控訴人の本件附帯控訴は理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官岩井俊 裁判官小林正明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例